TUG 2013盛況御礼
世界のTeXユーザが集まる国際会議を初めて日本で開催しました

本稿は,TeX & LaTeX Advent Calendar 2013の企画に合わせ,2013年12月8日分として執筆したものです.
昨日はhak7a3さん,明日はkawabataさんです.
2013年12月8日初稿(r40)
2013年12月23日加筆修正(r41)
2013年12月23日修正(r42)

去る2013年10月23日~26日,TeXユーザ・開発者などが集まる国際会議TUG 2013(第34回TeX Users Group年次大会)を,東京にて開催しました.本稿では,運営した側の思いを混ぜつつ会議を振り返ってみます.開催の意義については,昨年のAdvent Calendar記事に譲ります.また,天候は台風(二つ)が接近していたという状態でしたが,そのことについては詳しく解説せずとも思い出すだけで十分だと思いますので割愛します.

何と言ってもまず最初に挙げたい話題は参加者数です.141名の方にお越しいただきました.TUG年次大会の参加者数は,ここ最近では60名程度で推移しており,例年の2倍以上が集まったことになります.海外からの参加者は30名程度,日本を含めて11か国の人たちが集まりました.(国名は,参加申込における住所から集計しており,概ね滞在国の申告であると考えられます.)日本国内で考えれば,TeXユーザの集い2011に140名参加した実績があるので,例年並みに集まったと言えます.数・バライエティともに富んだ会議となり,まずは参加してくださった方々に厚く御礼を申し上げます.

参加人数は,ふたを開けてみれば大盛況でしたが,見積もるという立場では難儀しました.下振れする要因は大きく2点ありました:(1) 4年間のTeXユーザの集いに比べて(2日以上参加する場合には必ず)参加費を取ること,(2) 会議の進行・講演が英語であること.上振れする要因は大きく3点ありました:(1) 仮に日本からの参加者数が例年と変わらなければ,単純に海外からの参加者数分だけ増え,かつ海外からの参加者数の見込みがほぼ立たなかったこと,(2) 「TeXユーザの集い」は新しすぎて知らない・不安があるけれど,TUG(TeX Users Group)なら知っていて安心感があると感じる可能性があること,(3) 広報の成果・企画への期待・記念参加の意味で新たに参加してくれる層が生まれること.結果としては,どの要因も当たっていたのだろうと予想しています.いままでにお会いしたことのない方にもたくさんお会いできましたし,逆に英語がーといって敬遠された方もおられました.過去には開催国からの参加者がほとんどないという年もあったらしく,そうならないよう海外の方から忠告を受けることもありましたが,当初からその心配をする必要がなかったのは,よいコミュニティに恵まれたと思います.(日本の経済水準をして参加費を払うのに十分だった,または期日までに申し込めば1日グッズ・昼食ともなしで無料というオプションを用意したことで門戸が広がった;という経済面の理解・設計も大事であることを付け加えておきます.)

開催に当たり,自らが以前に訪問した海外の集会は強く念頭に置きました.以下が今までに参加した海外の集会です.“声”を大にして“話す”ことでもないので,小書きにしておきます.

2008年1月25–26日のThe Asian TeX Conference 2008 (AsiaTeX08)が最初に参加したTeXの集会でした.招待講演半分,一般講演半分で,会議の最後はExcursionとして印刷博物館を訪れました.当時は,TeX界のプレーヤをほとんど知らず,日本でTeXユーザが集まる機会もありませんでしたので,とにかく世界はどうなっているのか見に行ってみようという,「怖いもの見たさ」のような感覚で臨んだように思います.応募していた『コンピュータソフトウェア』誌のソフトウェア論文に採録が決まったこともあり,発表ネタがあったことも背中を押してくれました.奥村先生にお会いしてみたいという,ミーハーな動機も一部にはあったかもしれません.動機はどうであれ,ここでとにかく,ChoF(チョフ)さんにお会いして知合いになれたり,日本語のことについて説明したり,集会の運営を観察できたりしたことは,のちのちの活動に大きくつながっていきました.

このあと2009年から国内で「TeXユーザの集い」を開くようになり,その概要をまとめて,韓国コミュニティにお礼をしに行ったのが2012年2月4日のKorean TeX Society Conference and Annual Meetingです.AsiaTeX08では,英語で会話する人で結構かたまって過ごしていて,韓国のコミュニティメンバとあまり話さなかったということに気付かされました.2012年は,非韓国人は自分だけで,とても浮いている感じはありました.それでも,困難を感じながらも積極的に英語で話しかけてくれたり,日本語を学んでいる学生は自分の日本語の腕試しに話しかけてくれたりして,ぼっち感なく過ごせました.このときに,日本語の索引はどう作るのか,製造業向けにドキュメント(取扱説明書)制作をしている方から相談を受けて,そういえば日本語の索引制作は(日本語を知らない人が作ったり判断したりするのは)難しいだろうなあと思い知らされたのでした.

その次には,ヨーロッパにも出かけてみようということで,2012年4月29日~5月3日には,ポーランドで開かれているBachoTeX2012に参加してみました.ここでの発表ネタも「TeXユーザの集い」のまとめでした.ユーザグループが日本に無いことについての質疑応答がもっとも比率が大きかったです.1件発表すれば十分かと思っていたら,日本語の文字や組版について説明してほしいという要望をMojca(モイツァ)Hans(ハンス)からもらったので,追加で ``Japanese Typography and Typesetting'' という発表も急ごしらえで行いました.スライドはAsiaTeX08での奥村先生のスライドをいただいて,自分の観点も入れてまとめ直して臨みました.内容やバランスはよかったと思うのですが,大部分の聴衆の反応としては,ポカーンとしているという感じでした;まあこれも自然な反応だと思います.また,BachoTeXは,湖畔のロッジで開かれていることもあって,家族連れで会議に来る人も多く,TeXに強い興味があるわけでもない参加者が楽しめるワークショップが充実しています.このときは,Chinese Calligraphyのワークショップもあり,映像資料を見た後に体験でした.道具や材料は用意してくれた人がいるのですが,経験したことのある人がほぼ皆無で,小学校時代に授業で習字として習っただけの筆者がなぜか指導者役になってしまい,人に教えるには早すぎることを実感しました.

さらに,思い切って2012年10月8日~12日には,オランダで開催されたEuroTeX2012 + 6th ConTeXt Meetingに参加しました.とにかく驚いたのは,会場がパブだったということ.こんなところで開けるんだ!という驚きをずっと持っていました.山本さんと北川さんも誘って,日本から3人訪問したので,日本のTeXコミュニティに対する期待を持ってもらえたのではないかと思います.このときには日程や場所は確定ではなかったものの,TUG 2013を日本で開くのは決まっていたので,紹介の発表だけさせてもらいました.だいぶ場馴れして,リラックスして参加していました.

最初のAsiaTeX08は,「よそ行き」感の強い学会スタイルでしたが,それ以外は仲間が1年に1回(以上)集まる場,という感じで,とてもリラックスした雰囲気で開かれていました(予定されていた会議前日のReceptionがアナウンスもなく流れても,誰も気にしないといったこともありました).日本では求めるサービスレベルが高いという思い込みがあって,「TeXユーザの集い」は整った会にしようという意思を強く持って臨んでいたのからすると,もっと気楽でもよいんだというのは発見でした.

それらの経験を踏まえて,Excursionは自分の中では自然と,印刷博物館の見学,活版印刷体験および,書道体験で決まっていました.そして,それぞれできる限り外部の専門家に必要なことは依頼することも当初からの計画通りでした.東京で印刷博物館といえば http://www.printing-museum.org/ で,活版印刷体験も通常の業務フローの中で対応していただきました.非日本語話者:日本語話者=1:2程度を想定していたので,言語の点で先方の心配は大きく,活版印刷体験にはプロの通訳ガイドを実行委員会で用意して対応しました.書道体験は茶友倶楽部 空門が英語対応を含めてケータリングを実施しているということで頼むことができたのは幸いでした.集合写真大きい画像)に写っている書は,この書道体験の会場を彩るための演出材料をいただいてきて一緒に撮影しました.ゆったりとプログラムを組んだこと,会議の3日目ということである程度打ち解けつつあったこと,もちろん各プログラムが魅力的だったことから,すべての参加者に満足していただけたように見受けられました.自分でも1年半ぶりくらいに筆を使って,のびのび楽しみました.

日本語を組む活版印刷体験や日本語を書くであろう書道体験があること,およびBachoTeX2012でのアマチュア日本語講演をきちんと補完したかった(``in my opinion'' な部分も当然あった)こと,2012年の韓国でもらった質問から,日本語に関するチュートリアルを是非企画したいというのも当初からの希望でした.ふさわしい(かつ都合のつく)講師を見つけることにはたいへん苦労しましたが,何とか当初の計画通り,表記・組版・書体(設計)・索引という4コマを用意できました.すべての講師の方に考えを伝えられていたかどうか自信はありませんが,この手の話題で大事だと思っていたことは以下の3点です:(1) 日本語の語彙を要請しない,(2) 日本の歴史で学ぶ○○時代のような単語は使わず,西暦や世紀で語る(ひいては,歴史を歴史としてではなく現在を語るために用いる),(3) 日本語が特別だという国粋主義に陥らず,人間がすることとして他言語との類推を喚起する.講演では概ねそのようになっていたようで,それの影響もあってか好評だったのはうれしい限りです.

チュートリアルの補遺として,自ら発表もしました.タイトルは ``Some notes on Japanese TeXt processing'' とし,(1) 日本語のテキスト入力,(2) 日本語を扱えるTeXシステム・マクロ,(3) テキスト→イメージ変換系における日本語処理の注意点として,改行の扱い,およびUnicodeでコードが与えられた「いわゆる全角」記号)を取り上げました.スライドも公開しています.実行委員を務めながら発表するというのは(予想通り)大変で,突貫工事の発表となってしまいました.突貫工事の影響からか,直前2時間程度の緊張はひどく,チュートリアルを引き受けてくださった方々をはじめとしてほかの発表者への感謝の念を新たにしました.それだけでも発表した価値はあると思っています.自分も発表したということもあって,最終日午前中のチュートリアルに対する議論を気負いなくお願いできたという副産物が得られたとも言えます.

さて,前の段落から苦労話が垣間見えてきました.どちらかと言えば,苦労話は墓場まで持っていきたい性質ですが,一つだけ.TUG 2013の開催と『[改訂第6版]LaTeX2ε美文書作成入門』(奥村晴彦・黒木裕介 著,技術評論社,2013年.以下,美文書第6版と略記)の発売が同時になってしまったことは,よくないことでした.TUG 2013実行委員と美文書第6版の著者・直接協力者が半分重なっているという事態により,どちらにとっても高負荷な状態が2か月近く発生してしまいました.美文書第6版DVD,TUG 2013グッズのデザイン決め・発注,美文書第6版脱稿,TUG 2013 bookletの脱稿とひたすら追われていたのを思い出します.取りかかりの遅さ,遅筆は命取りということはよくよく覚えておきましょう.(といっても,今回のAdvent Calendarも遅筆だったので,もっと覚える必要がありそうです.)

終わりの前にちょっとだけ脱線して,一つおまけを.TUG 2013はとてもラムダ色が濃かったようです.というのも,『型システム入門――プログラミング言語と型の理論』(Benjamin C. Pierce 著;住井英二郎 監訳,遠藤侑介・酒井政裕・今井敬吾・黒木裕介・今井宜洋・才川隆文・今井健男 共訳,オーム社,2013年)の関係者が(自分を除いて)3人も参加していたのですから! 訳者の才川さん,レビューアの増子さん(黒木の発表を,フリック入力のデモンストレーションで手助けしていただきました),編集者の鹿野さん.リモートからは監訳者の住井さんからもご声援いただきました.

終わりに,実行委員の皆さんへ感謝を述べたいと思います.150人近い参加者を得る国際会議としては,開催国実行委員8人(うち東京近郊在住5人)というのは最小構成でした.伝言ゲームが発生するコストは無かったですが,大きな決断に際して意見が求められることも多かったですし,作業もそれぞれに担っていましたので,全員が手を抜けない状態だったと思います.誰一人として欠けては成り立たなかった,レベルの高いチームでした.一緒にこの歴史あるTUG年次大会を開催できたことを誇りに思います.ありがとうございました.

来年のことを言うと鬼が笑うとは言いますが,来年(度)は私個人としては会議運営の手を離れたいと考えています.今回のTUG 2013では,多くの若い方々の参加に恵まれました.次の世代へバトンタッチしていきたいというのが個人的な思いです.ただ,年始2月には,TUG 2013の余韻を活かして,ちょっとした集まりを開こうかと考えています.近々アナウンスできる見込みですので,TeX界だけではなく周辺分野までを見据えて,広報にご協力いただければ幸いです.また,海外でよく言及されてきた,国内のユーザグループといった永続的な活動についても少し考えてもよい時期に来ているかもしれません.興味のある方,われこそは,という方にはぜひ声を上げていただければ幸いです.

未来への思いを語ったところで筆を置きたいと思います.長文にお付き合いくださいましてありがとうございました.